えんじゅ

BENのキャッチャーミット


もう記憶もおぼろげだが,小学校2年生か3年生のころだったように思う.
兄の影響で野球を始めた僕は,クリスマスプレゼントに野球のグローブを欲しがった.
想像していたのは,みんなが使っているようなミズノかSSKのグローブ.ちょっと濃い茶色で,大人びた感じのグローブだった.とりわけ,内野を守っていた僕は,憧れの和田豊選手が使っているような,内野用のグローブが欲しかった.

待ちに待ったクリスマスの夜.ちゃんとグローブのプレゼントが届きますようにと,軟式ボールを枕元に置いてわくわくしながら布団に入り,朝が来るのを待った.

朝起きてみると,緑と赤に彩られた袋が枕元に!大きさから察するに,グローブに間違いない!
大急ぎで封を開けた僕を待っていたのは,失望だった.

それは想像していたようなかっこいいグローブではなく,ミズノでもSSKでもない,どこのメーカーのものかわからない,「BEN」と書かれたキャッチャーミットだったのだ.

(あのキャッチャーミットや・・・)

特殊なグローブだっただけに,そのグローブがどこで購入されたものなのか,すぐにわかった.
憧れのグローブが置いてあった近所のスギヤマスポーツ.そのグローブが欲しくて欲しくて,友だちと何度も見に行った.目の前にあるキャッチャーミットは,僕の憧れのグローブが並ぶ棚のはしっこに,ぽつねんと置かれていたキャッチャーミットに違いなかった.


その頃の僕はすでに,クリスマスプレゼントを届けてくれるのは,サンタクロースではなく両親だということに,内心うっすらと気がついていた.そして,スギヤマスポーツのキャッチャーミットを見たとき,うっすらとしていたものは,はっきりとした確信に変わった.
だから両親をがっかりさせないようにと,子供心に両親に対しては喜んでみせた.


「キャッチャーでもないのに,なんでキャッチャーミットやねん」

と友だちにバカにされ,他にグローブを持っていない僕は,恥ずかしくて仕方なかった.普通のグローブを持っているみんなが羨ましかった.ときには両親を恨めしく思ったりもした.
憧れのグローブは,それ以来一度もスギヤマスポーツに見に行かなくなった.毎日のように眺めていた広告も,見たくなかった.
ほんとは,普通の内野のグローブが欲しかった・・・.みんなが使っているような・・・.あの和田選手が使っているような・・・.




時は過ぎて,子どもがいてもおかしくない歳になった.

今,仲間と一緒にやっている草野球部で,僕はあいかわらず内野を守っているが,今でもクリスマスに買ってもらった,あの「BEN」のキャッチャーミットを使い続けている.
汗を流した後部屋に帰り,まだ湿気を帯びたキャッチャーミットを新聞紙の上で乾かしながら,(息子ができたら,グローブを買ってやりたいな)と夢想してみる.
そして,初めてキャッチャーミットに手を通した時の手触りを思い出しながら,ひょっとしたら案外当たり前かもしれないことを思う.


このキャッチャーミットは,当時スギヤマスポーツで売られていた,一番ぶ厚いグローブではなかったか.
野球に詳しくないサンタクロースは,息子が手を痛めないようにと,近所のスポーツ店に並んでいた一番ぶ厚いグローブを手に取ったのではなかったか,と.


(2007年7月)