えんじゅ

スピン紐


カウンターの裏には休憩所を兼ねた小さなスタッフルームがあった.マスターが毎日そこでスタッフのまかない料理を作ってくれたので,僕らはその小部屋をキッチンと呼んでいた.僕はもう何年も,このキッチンでマスターお手製のまかないを食べている.お世辞にも広いとは言えないが,慣れるとなかなか居心地の良い場所だ.

休憩時間をもらってキッチンに入ると,まず煙草に火を点けて,椅子に凭れかかる.何時間ぶりかの1本を深く吸い込みながら,今日のまかないのメニューをチェックする.いつも必ず用意されている味噌汁の鍋に火を点け,冷蔵庫から水菜のサラダのボウルを出して取り分ける.古くなった灰皿で煙草をもみ消した後,照り焼きチキンを皿に盛り,ご飯と味噌汁をよそう.今晩の照り焼きチキンは格別にうまそうだ.皿に盛られて誇らしげにその背に輝きを放つチキンは,時間をかけて愛撫するように丁寧に火を通されたことを伝えている.そのチキンを口いっぱいに頬張りながら,僕はまかないの時に読もうと前もって準備しておいた本に手を伸ばした.ちょうどその頃合いで,いつものようにマスターがキッチンにやってきた.

「どうや,うまいか?」

「うまいです」

一体何度この人と,そんなに短くて,そしてそんなにその瞬間の僕たちの全てであるような言葉を交わしたことだろう.その後,狭いキッチンで,マスターととりとめのない話をするのが常だった.

僕は早くも骨だけになりそうな照り焼きチキンをしがみながら,さぁ,今日は自分の身に起こったどの話をマスターに話そうか,あれこれと考えてみる.

ふと,手に持っている本からタラリとぶら下がった栞の紐に目が留まった.簡単に解けることのないように丁寧に,それでいて嵩張らない程度の柔らかさで編みこまれている.その編みこみの按配は,ほとんど職人技のように思える.

「これ,この紐,なんか名前あるんですかね?」

僕は何となく尋ねてみた.




好きな作家こそ違えど,マスターも僕も本が好きで,いつも二人で本の話をしていた.しかし,それはいつでも,自分の好きな本を薦める,という種類の話ではなかった.むしろマスターは相手が誰であれ,自分が本を薦めることで「薦められたから読まなければ」というような負担を心ならずも強いてしまうことを敬遠した.
僕らの話は,本を読んで自分が探り当てた感動の在り処を自分で確認しながら,時には追憶しながら,相手に巧く伝わりそうな輪郭を即興で紡ぎ出す,といったような話だった.伝えたいことが宙に浮いてしまい,然るべき地点に着地させられそうにないときには,同じ話題を何日も繰り返したこともあった.そのような時,

「すまん,この話着地させられそうにないから,また続き今度な」

そう言ってマスターはキッチンを出て仕事に戻って行った.僕は本をひざの上に乗せたままで一人まかないの続きを食べながら,いつも想像した.あの話はどんなふうに展開するのだろうか,と.

お互いの話を伝え,耳を傾けることと共に,僕のささやかな楽しみは,日常のふとした疑問や発見から,マスターと共に小さな世界の切れ端のようなものを共有することだった.その切れ端は時に「てにをは」の正しい使い方だったり,時に「外套」や「葡萄酒」の響きの美しさだったりした.


「そういえばこの紐,何ていうんやろうなぁ」

そんな短い会話でも,次の瞬間から僕たち二人の意識の片隅に,「あの紐何て名前なんやろう」という素朴な疑問が同居することは間違いなかった.積み上げた時間というのはすごいものだと思う.キッチンでのひと言から小さな世界の切れ端を見つけることは,難しいことではなかった.


小川洋子さんのエッセイ集にこんな言葉があった.

すばらしい本を読んだ時、だれかに伝えたいと思う。他者に語ることで感動をさらに確かなものにしようとする。そういうだれかと出会える場所が、身近に一つでも多くあるような社会こそ、文化的に豊かだと言える気がする。
「文学と触れ合う場」より

この言葉ほどシンプルに,僕とマスターとの本を巡る時間の共有を的確に表した表現は他にない,と思った.語りたいと思い,語る言葉を探すうち,感動はきっと自分のものとして足元に定着する.それが「語る」ことに留まらず,さらに互いに「共有する」ことができたなら,それに勝る読書人の幸福はない.
学生時代の僕にとってアルバイト先のバーのキッチンは,他のどんな場所よりも,「そういうだれかと出会える場所」であり「社会」だった.
すばらしい本に出会い,その最後のページを閉じたとき,見慣れたはずのテーブルやコーヒーカップが,喫茶店からの帰り道が,いつもより少しだけ新鮮なものに見えてくる.叙情的な気分になっている.そんな気分を着地させてだれかに伝えたい,と願う.あるいは,着地させるために.
そのような時には,今でもキッチンのマスターの声が聞こえてくるような気がするのだ.

「どうや,うまいか?」

と.



マスターが「君に読ませたい本があるねん」と言って,僕が出勤するなり,買ったばかりの雑誌を手渡してくれたのは,それから1ヶ月も経っていないある日のことだった.

キッチンでその日のまかないを食べながら,本の装丁について特集されたその雑誌のページを繰った.
そこには,『スピン紐の秘密』が描かれていた.




(2006年12月)