えんじゅ

コーヒー・ビーンズ・プラネット


私はコーヒーをよく飲む。しかしその味は問わない。どちらかと言えばシュガーもミルクも入っているほうがよいが、なければブラックでも平気だ。喫茶店にもよく行く。しかし、そこでもコーヒーの味は問わない。コーヒーが不味くても、読書の邪魔をする妙な音楽さえなければ、つまらない世間話を大声でまくし立てるおばさん連中さえいなければ、私にとっては格別の名喫茶である。缶コーヒーもよく飲む。しかしやはりコーヒー豆の品種はおろか、メーカーにさえ大した関心を払わない。

日本で売られる缶コーヒーのパッケージにはブルーマウンテンやキリマンジャロなど、コーヒー豆の種類の名が躍っているが、豆種を記載するには、30%以上その品種が使われていなければならないらしい。逆に30%以上使用していれば、その種を明示的に冠することができるので、生産コストを下げるため、ほとんどは30%ギリギリ使用して、あとは安価な豆で「コーヒーを濁し」ている。缶コーヒーがなぜ甘いのかという問いには、その粗雑な風味をマイルドにするため砂糖を多用せざるを得ないから、と答えることができる。蛇足ながら、コロンビアやブラジルなどの南米のコーヒー豆産出国ではこれらのブランド品種は大変貴重で滅多に口にできるものではなく、その生産量の80%が日本からの外貨獲得に回されるのだという。



モンゴルに滞在していたとき、首都ウランバートルのある安宿で1週間ほど寝起きしていた。その安宿にはウランバートルにある学校に通うため、主人の親族が何人か下宿していたが、全て女性で、我々外国人旅行者のゲストに対してよく気を利かせてくれた。と言うよりも主人にそうさせられていたのだろう。毎夜、酒を飲みすぎて二日酔いになっていた私に、毎朝コーヒーを入れてくれる彼女らの態度はゲストをもてなすそれではなく、お遣いを命じられた子供と同じ種類のものであったからだ。それでも一週間も滞在していると、彼女たちも心を開いてくれ始め、彼女らの通う高校にも一緒に行こうと誘ってくれるようになった。そのうちに、私は毎朝早起きして彼女らの入れてくれるコーヒーを飲んで、急かされながら高校に通学するのが午前中の日課になった。

同じ年頃の怠惰で「不真面目」な旅行者に対して、毎朝学校に行く前にコーヒーを入れてくれる「真面目」な彼女らの心境はどのようなものだろうか、そう考えるとせめてそろそろ底をつきそうなコーヒー豆と同じものを買ってきて、それとなくストックを置いておこうという気になった。共用のキッチンを探すと、コーヒー豆の缶が棚の上の隅のほうに置かれていた。見ると、大げさなくらい大きく、「ブルーマウンテン・コーヒー」と書かれていた。同じものを求めに国内に一軒しかない国立デパートへ歩いた。モンゴル人はそれほどコーヒーを好まないのか、コーヒー豆の売り場は探さなければ見つからないほど、ひっそりとした片隅に配置されていた。キッチンにあったものと同じ「ブルーマウンテン・コーヒー」を手に取ってみて驚いた。新品であるはずの缶がなんとも古びていて、さらに密閉どころか明らかに一度人手によって開けられた形跡が残っていた。それは察するに中身の豆が「ブルーマウンテン」種でないことを示していた。
このことに気がついたとき、私の心に訪れたものは、ある種の優越感であったと告白しなければならない。この国を訪れた裕福な旅行者は聞いたこともない品種のコーヒーよりも、有名な品種のコーヒーに安心感を覚えるのだろう。

旅行産業をほとんど唯一の外貨獲得の手段としているこの国の人々にとって、外国語を学習することが富を得る近道であると言う事も、その覚えた言語を使って旅行者を騙し、金を得ることが当然のように行われていることも知っていた。しかし、毎朝コーヒーを入れてくれる彼女らの内心に、外貨を落としていく内的ブランド志向の我々に対して欺き、愚弄する気持ちを発見し、防御本能を発令することができるほど、私は大人ではなかったし、コーヒーの味も分からなかった。だからその後も毎朝美味しく彼女らのコーヒーを飲むことができた。そしてそのことを今でもとても幸せに感じている。

結局同じコーヒー豆を買って、キッチンの棚に並べておいた。彼女らはこれからもその豆を使って旅行者を「接待」するのだろう。

願わくば彼ら旅行者が私と同様に味音痴であることを。


(2000年10月)