えんじゅ

路上

On the Road


昔この本に出会ってたら,人生が変わっていたのにな,と思うような本がある。でもその本は,その昔に出会っていたとしても,けして僕の人生を変えてくれはしなかっただろうと思う。

それが自分にとって大切な本であればあるほど,人と本の間には,しかるべき出会いの時と場所が,はじめからちゃんと決まっている気がするからだ。

古本屋の親父

古本屋の親父


京都に暮らしていたとき,日暮通丸太町にある安アパートに住んでいた。アパートの近くには,その頃足繁く通っていた古本屋があった。千本通丸太町から少しだけ北に上がったところにあるその古本屋に,僕はときどきは本を売りに,ほとんどは買いに行った。
大学から少し離れた所に位置しているからだろうか,京大付近の古本屋とは違い,その古本屋の本のラインナップの中心は,学術書ではなく文芸書だった。勉学に怠けていた学生にとっては,それが嬉しかった。京都の古本屋にありがちな雑然さも程よく保ちつつ,文芸書が整然と並んでいるところも気に入っていた。並び方もまたよかった。単に作家の名前順ではなく,店主の親父の頭の中だけにあるのであろうルールに従って並べられた本の数々。中原中也コーナーの周辺には小林秀雄全集やランボォの『地獄の季節』がまとめられて陳列されていた。その本棚に並べられた無数の本を親父が全て読んだのかどうかは定かではないが,その本の並べ方は,これらの詩や評論をかつて精読したことがある人にしかできない並べ方だった。
そんな気の利いた本の並べ方を見て,並べ方の「秘密」のようなものを想像するだけでも楽しかった。

月に何度も通っていると,そのうちに親父の方から本を薦めてくれるようになった。
文学では中原中也や萩原朔太郎の詩とその評論。海外詩ではマラルメやランボォ,ヴェルレーヌ。美術では梅原龍三郎やセザンヌ。これらの「新しい」古本が入ると,親父はすぐに紹介してくれた。もっとも,わざわざ紹介をしてくれなくても僕が見落とすことはなかったのだが,親父が得意げに紹介してくれるのは嬉しかった。あまり良いことがなく陰鬱な気分で古本屋に行ったときにでも,親父が薦めてくれる本があると,それだけで心が小躍りするような気分になった。
あの頃,僕の本の趣味を,だから僕が憧れていたものを一番深く理解してくれたのは,友人でも恋人でもなく,あの古本屋の親父だった気がする。
名前も素性も知らない古本屋の親父。それでも,本を読まない大学の友人の誰よりも,近しい存在だった。腹が減って本を売りに行ったときなどは,自分が読んできた本を親父に見られるのが,少し照れくさかった。

夕立の激しく降ったある日のこと。僕はその日の本棚にさしたる変化がないことを確かめると,珍しく一冊も本を買わずに店内をうろつき廻っていた。あまりの雨の激しさに,店を出るのが億劫になっていたのだ。するとそれまで煙草を吸いながら売り物の本を読んでいた親父が声をかけてくれた。

「今日は何も入ってへんなァ。あんた今何の本欲しいん?」

そう言われて,この本が欲しい,と決めてこの古本屋に本を買いに来たことがないことに気がついた。特に目的がなくても,この古本屋に来れば何かしらの発見があったし,陳列された無数の本の間を縫って歩くこと自体が楽しかったからだ。
しいて言えば何だろうか・・・。

「大岡昇平さんの『朝の歌』のハードカバーが欲しいです」

手に入らないと思うのですが,と前置きした上で,僕はそう答えた。

それから何日かたったある日,いつものように学校帰りに古本屋に立ち寄ると,僕の姿を認めた親父がカウンターから手招きをしている。なんだろうと思って行ってみると,親父はカウンターの後ろからグラシン紙に巻かれた本を取り出した。かなり変色してしまってはいるが,帯も箱も綺麗に残っているその本は,大岡昇平の『朝の歌』の初版本だった。おそるおそる裏表紙をめくってみると,元の持ち主の蔵書を表している判子と,この本を元の持ち主から買い取ったのであろう,前の古本屋のシールが貼られていた。わざわざ親父が伝手をたどって買い求めてくれたのに違いなかった。数々の人の手と人の思いを通り過ぎてきた一冊の本を手にするのは,本当に嬉しかった。


先日,京都に出張したついでに古本屋を梯子してきた。学生時代によくうろついた河原町通界隈の古本屋を流していると,あの古本屋の親父のことが思い出された。今でも暇そうな貧乏学生を捕まえて,何かの本を薦めているのだろうか・・・。

沢木耕太朗さんのエッセイ集『バーボン・ストリート』の中に,こんな一節がある。

恐らく、彼は本を売る者の痛みのようなものがよくわかる古本屋だったのだ。金のない本好きの気持がよくわかる古本屋だったのだ。

『ぼくも散歩と古本がすき』より

丸太町にあった古本屋の主人の親父。彼もまた,本を売る者の痛みがよくわかる古本屋だった。そして,その痛みを伴って手放された本を,心から求めている者の手元に届けようと願う古本屋だったのだろうと思う。

『朝の歌』は今,僕だけのルールによって並べられた本棚の中でも,特別見晴らしの良い位置に陳列してある。

朝の歌

デカいことはいいことだ



コンパクト,軽量が全盛の今の時代。
でもたぶん世の中,デカくなくちゃいけないものもあると思う。

集英社出版の絵画集は,デカい。画集は,デカくなくちゃいけないものの一つだと思う。

深夜,ウイスキーを片手に画集を拡げてユラユラ眺めてみる。
深い酔いを包んでくれるのは,目の前の絵画の優しい筆遣いと,そして何より,そのデカさだったりするのだ。

デカいことはいいことなのだ。

『星々の悲しみ』 宮本輝著

星々の悲しみ


学生のころ,大嫌いだった現代国語の授業。高校時代には,授業はおろか試験さえほとんど受けなかった気がする。みんなで同じ本を読んで,先生の解説を聞くのが嫌だった。
今考えてみると,小説を解説しなければいけない先生も嫌だったんじゃないかな・・・。

そんなだったから,国語の教科書や試験に,どんな小説が使われていたか,ほとんど記憶にない。でも,この『星々の悲しみ』だけは,試験問題の題材になっていたことをよく覚えている。抜粋されていた箇所まで,よく覚えている。試験問題になったこの小説に,当時の僕は大きな衝撃を受けた。

ぼくは計画性というものをまったく持ち合わせていない人間であると同時に、情熱に惑わされる純粋性すら欠落している人間であるらしかった。

青春期の若者の闇を描いた青春小説の傑作。饗庭孝男さんの解説が,この小説に描かれている青春という時代を的確に表現していて,余すところがない。

この時代は、経験よりも想像が、また現実よりは観念の方にかえってリアリティがあり、書物に傍点をふって人生が分ったつもりになっても、少女の束の間の微笑か、冷たい視線で、それがたちまち霧散してしまう。
スキップしながら人生に絶望するような時代と言ってよい。

現代国語の授業を放棄し続けてしまった僕に,国語教育を批評する資格はない。でもそんな僕がただ1つだけ言えることは,スキップしながら人生に絶望していたような時代に,たった1冊でも長い間心に残る本を紹介してくれただけで,国語教育は成功だったんじゃないかな,ということ。

文藝春秋社 (1981)

『熱球』 重松清著

熱球


3日間東京出張だったので,通勤電車の中で読もうと思って買ったこの本。
結局1日目の往復路と,2日目の往路で全部読み終えてしまった。

ストーリーの展開に,それほど新しさや驚きがある訳ではない。悲劇を背負ってふるさとから上京した元高校球児が,娘と共に帰郷する物語。ふるさとを,娘を,そして悲劇からの出発を描いた物語。読みながら予想できるありふれた展開,と言えば,そうかもしれない。でも読み終えて,それでいいのだ,と納得した。

この本の中に描かれている主人公のふるさとへの想いは,ふるさとを後にして大人になった誰もが,同じように共有できる想いなのだ。だから,どちらかというと本を読むスピードの遅い僕が,予想よりも早く読み終えてしまったのは,言葉の意味をいちいち考えることなく,シンプルな言葉が心を浸してくるのを,何もせずにただ受け入れるだけでよかったからだと思う。
離れることが寂しい町は、そのひとにとってのふるさとなのだとも思う。
ふるさとだったら、逃げて帰ってくることができるんだぞ。
好きな点も嫌いな点も含めて,僕の,ふるさとに対するほとんど全ての視点が,この本の中に描かれていた。

徳間書店 (2002)
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