えんじゅ

FREEWHEELIN'

freewheeling


 ボブ・ディランのアジア・ツアーが中止になった、というニュースが飛び込んできた。
 ボブ・ディランは日本公演の後、ソウルでのライブを経て、北京、上海、台湾、香港を廻る予定になっていた。しかし中国政府が国内でライブを行うことを認許しなかったため、ソウルでのライブを最後にアジア・ツアーをキャンセルせざるを得なかったという。公式HPを見ると、つい先日まで公開されていた中国圏でのライブがツアー・スケジュールから削除され、ソウルの後は約1ヶ月後にギリシャに飛ぶ日程に更新されている。


 中国政府による外国人アーティスト規制の誘因となったのは、2008年にビョークが上海でライブを行った際、中国政府から演奏の許可を得ていない「Declare Independence(独立を宣言しよう)」を歌い、ステージ上で「チベット!チベット!」と叫んでチベット独立を訴えた事件だ。中国当局は当時、「海外芸術家の今後の中国公演に影響はない」との声明を発表していた。しかし、ビョークの一件がボブ・ディラン入国拒否の呼び水になっていることは間違いなさそうだ。ボブ・ディラン自身も、中国での演奏を楽しみにしていたというから、失望も大きかっただろうと思う。

 ボブ・ディランの初期の楽曲には政治的メッセージを示唆する歌詞が多い。『風に吹かれて』は公民権運動やベトナム反戦運動の活動家に支持され、『激しい雨が降る』は核戦争寸前まで緊張したキューバ危機の中で書かれた。
 いつしかボブ・ディランの歌はプロテスト・ソングの象徴となり、いつの時代も反戦・平和運動や政治的プロパガンダの中で歌われてきた。
 しかし、ボブ・ディラン自身は、政治的メッセージを歌ったことはないと一貫して主張してきた。彼が反抗してきたのは、むしろプロテスト・シンガーとしてレッテルを貼ろうとしたマスコミや評論家だった。

マスコミはぼくを社会派ソングライターにしようとした。
最初からそうじゃないのに。

ボブ・ディラン 『ノー・ディレクション・ホーム』より

 ボブ・ディランの言動を振り返ってみるとき、中国でのライブで政治的パフォーマンスをするということはまず考えられない。それだけに、今なおレッテルが貼り続けられていることを示す、中国公演の中止は無念で仕方なかっただろうと思う。


 これまでにも、中国政府は当局に対する言論・表現の自由を認めていないという内実が、白日の下に晒されてきた。事例は枚挙に暇がない。中国では、「人民の世論を正しい方向に導く」ことを名目として、政府機関による書籍やインターネットの検閲が行われている。日本ではすっかり定着したTwitterやYouTubeへはアクセスすることさえできない。新疆地区では、昨年ウルムチで起きた抗議活動以後、民族独立を煽動するようなメール送信やネット書き込みを犯罪とする条例が施行されている。最近では、第三者に扮して中国政府の主導する内容のネット書き込みを行う「五毛党」なる人員の存在まで明らかになった。このような体制下で、国民の声を吸い上げて政治に反映させることなどできるはずがない。
 僕がチベットから友達に向けて投函した手紙の一部は、日本や香港に届かなかった。それも、チベット問題に関して多少過激な内容を記したもののみが、検閲のどこかの過程で破棄された。中国語ではなく、日本語と英語で書かれた手紙だったにも関わらず。
 そこまでして中国政府が守りたいものとは一体何なのだろう。それは本当に中国人民の幸福なのか、共産党体制の存続なのか。

 対岸の火事ではない。チベット問題に関する限り、日本においても言論・表現は自由ではない。日本政府は中国との関係悪化を恐れて、ダライ・ラマの来日に際して政治的発言をしないように求めてきたし、チベットの惨状がNHKで報道されることもない。それどころか、チベットを侵略するために建設された青蔵鉄道をアピールするような特番を制作したりしている。民放もまたしかり、中国を重要な市場としている企業がスポンサーをしているニュース番組で、公然と中国政府を批判できるはずがない。このことは、北朝鮮に対する報道と対比するとき瞭然となる。北朝鮮における人権問題や軍事拡大、貧困問題などを日本のマスコミは公然と批判する。しかし同じ問題を抱えている中国に対しては、禁忌に触れる危険を冒さない。理由は明白で、北朝鮮という市場が日本の経済活動と関わり合いがなく、国益を損ねることがないという事実だ。
 情報化社会とは、それを発信しているマスコミによる情報操作社会であるという一面を、私達は常に肝に銘じておく必要があると思う。

 それぞれの国には、自国の精神的・物理的豊かさを守るための外交施策を行う権利がある。それは疑う余地のない権利であり、干渉してはならないし、尊重すべきだと思う。
 しかし、小数民族に対して大義なき迫害と侵略を続けている国、建国記念に際しミサイルを誇示して軍事パレードを行う国に対しては、平和憲法を標榜する日本として、時に不利益を被ってでも声を上げなければいけないと思う。そしてそういう国に、日本の経済活動の大部分を、だから私達の日常生活の基盤を一蓮托生しているという現実を、しっかりと認識しておかなければいけないと思う。

 ボブ・ディランがギターを弾けるうちに、いつの日か中国で歌うことができることを心から願う。FREEWHEELIN'、自由気ままに。
 
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