えんじゅ

ナイト・ダイビング

9階の部屋の窓

 僕が住んでいたところでは、週に2、3度停電があった。夜中に突然プツッと電気が落ちて真っ暗になることが多かった。
 真っ暗になると、みんなちょっと手持ち無沙汰になるのか、そぞろ家の外に出てくる。静かな暗闇の中で、友人の話し声や笑い声がよく聞こえてきた。
 僕は停電になると庭に小さな椅子を持ち出した。停電時の真っ暗な夜空には、無数の星がまさに降るように瞬いていたのだ。
 星に心を奪われていると、隣のカトンゴが同じように外に出てきた。

 「ヒロ、何してるんだ?」

 「空が星の海みたいだろ。ナイト・ダイビングだ」

 そう言うとカトンゴは笑った。

 「ワハハ、ザンビアには海はないけど星はあるからなぁ」

 「日本には海はあるけど星はこんなに見えないよ」

 「そうか、じゃあオレもダイブするか」

 そう言って彼は自分が座る椅子を家から持ち出してきた。


 日本に帰ってきて数日間、東京のホテルに泊まった。9階の部屋の窓から都会の夜景を眺めていたら、停電の夜のことを思い出した。
 真っ暗闇の中でしびれるくらい眩しかった星空のこと。夜気に混じったマンゴーの匂いのこと、空を見上げて話す友人の声のこと。


 どれだけ多くの国に出かけても、地球を何周しようと、私たちは世界の広さをそれだけでは感じ得ない。が、誰かと出会い、その人間を好きになったとき、風景は、はじめて広がりと深さを持ってくる。

星野道夫『長い旅の途上』より

 
Good bye Zambia  |  記事の一覧に戻る  |  サヨナラの爪楊枝