えんじゅ

井上げ

井上げ

 「ブォォォォン」
 早朝まだ薄暗いうちから、エンジン音が聞こえる。何をしている音かは確かめなくてもわかる。田んぼの畦の草刈りをしている音だ。どこかの農家が草刈りを始めると、おおもうそんな時期か、と次々と農家が草刈りを始める。あちらこちらから草刈り機の音が聞こえてくると、「井上げ」の日取りが近いことがわかる。
 冬の間に土砂で埋まってしまった川べりの水路を開ける作業を「井上げ」と呼ぶ。水路に堆積した土砂を掻き出すのは重労働だ。同じ水路から田んぼに水を引いている農家が、1軒あたり1人の労働力を出す。それぞれ鋤簾(じょれん)とショベルを持って、川に集まる。澄み切った川の源流水を直接田んぼに引けるのだから、山合いで米作りができるのは、本来ならば幸せなことだ。

澄み切った川の水

 今年も井上げの日、我が家からは僕が出た。だけど、この井上げに行くと、いつもどんよりした気分になる。集まってくる農家の高齢化がすさまじいからだ。60代と70代が多く、一番のお年寄りは80代。 50代は若手と呼ばれる。40代は1人もおらず、30代は僕1人。「最近腰が痛くての」、「目がはっきり見えんようなって」。作業の合間の休憩時間に話題になるのは、身体の不調についてがほとんどだ。そうでなくても井上げは重労働なのに、それを孫がいるようなおじいちゃんの世代が担っているのが現状。自分の父親が、こんな重労働をしている姿を思い浮かべると、若い世代の1人として、申し訳なさ、やりきれなさが胸に溢れる。みんなが休憩している合間にも、僕はショベルを振るい続けた。

 日本の農家の平均年齢は65.8歳(2014年)。一般企業では定年退職して年金暮らしをしている世代が、日本の農業を支えている。日本の若者は、お年寄りに文字通り飯を食わせてもらっているのだ。本来ならば、若者がお年寄りに飯を食わせるべきなのに。
 しかも、近年米価の暴落が止まらない。2014年は、新米の価格が1俵(60kg)当たり8,000円〜9,000円。米1俵を生産するのにおよそ16,000円かかるのに、こんな価格では農家は作れば作るほど赤字になってしまう。米作りを辞める農家が増えるのは当然だ。
 10年後はどうなってしまうのだろう。もう村には数軒の農家しか残っていないのではないか。今、山の茶畑がどんどんと荒れていっているように、田んぼも荒れていくのだろうか。日本の田園風景は、荒廃の一途を辿るのだろうか。
 僕自身、就農を決意したきっかけの1つには、農家の高齢化があった。だけど実際に就農して、お年寄りの農家が曲がった腰をさらに屈めて農作業をする姿を目の当たりにするまで、これほどにまで喫緊の問題だとは実感できなかった。僕が住んでいる山間地は平地が少ないが、それでも耕作放棄地は増えていく一方。先日も、4反歩ほどの田んぼを使ってくれないか、という話が舞い込んできた。ちょっと前なら、農家はみんな農地が欲しくて、そんなにまとまった面積の農地が空くことなんて考えられなかったという。

 井上げの作業は、1人ではできない。周りに農家がいてくれるからこそ、労働力を出し合って、田んぼに水を引くことができる。
 今年も田植えができる喜びと、数年後の状況への憂いとがないまぜになった気持ちで、川から水を引いた田んぼを起こした。

田起こし
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