えんじゅ

民主主義を守れるか

平和の群像

 国会で十分な審議を行うことなく、政権与党によって強行採決された特定秘密保護法が、いよいよ12月10日に施行される。今年はさらに、約70年間にわたって日本の平和の礎となってきた憲法第9条に対するこれまでの政府解釈を覆し、集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲が閣議決定された。
 安倍政権やその支持者たちは、国家機密漏洩に対する罰則を強化し、集団的自衛権の行使を容認することによって、中国や北朝鮮といった東アジア近隣諸国への抑止力を増し、中東からの資源輸送の安全を確保し、国連における日本のプレゼンスを高められると考えているのだろう。
 僕はこの考え方には反対だ。逆に憲法第9条を遵守して集団的自衛権を行使しないことが、東アジア諸国を刺激せず、中東での資源輸送妨害を避け、国連のみならず国際社会全体における日本のプレゼンスを高めると思う。
 だけどそれは彼らのイデオロギーだから、ここでとやかく言う問題ではない。民主主義の理念は、「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る(フランスの哲学者ヴォルテールの言葉とされている)」ことであり、思想・良心の自由は、憲法第19条に定められている。現政権のイデオロギーに多数の国民が賛成票を投じるのなら、それが自分の意見とは違っていたとしても、国民の1人として受け止めなければならないと思う。

 だけど僕がここでとやかく言いたいのは、このような国のあり方を大きく変えてしまう歴史的な大転換が、民主主義の理念に全く反する方法で、強権的に決定されたことだ。日本の民主主義がいかに脆弱なものであったかが露呈してしまった。
 2013年の参院選における自民党の選挙公約には、「特定秘密保護法」に関して何も書かれていない。集団的自衛権に関しては、「自衛権を明記し、国防軍の設置、領土等の保全義務を規定」した憲法改正に取り組む、と書かれている。つまり、「集団的自衛権を行使するために憲法を改正する」と書かれているのであって、「憲法を改正することなく、解釈改憲で集団的自衛権の行使を可能にする」とは書かれていない。
 安倍政権は、これらの選挙公約に書かれていないことを強権的に決定した。安倍政権は当初、公約に書かれているとおりの「憲法改正」を目指したが、アメリカの忠告と国会での抵抗、世論調査での強い反対意見によって頓挫した。憲法を改正するためには「衆参両院の総議員の2/3以上の賛成」と「国民投票での過半数の賛成票」が必要だからだ。憲法改正に国民投票が必要なのは、憲法とはそもそも国民が主体となって、政府に遵守させるべき最高法規だからだ。改憲の公約が実現不可能になった安倍政権は、自民党改憲草案の中の「集団的自衛権の行使」を抜き出し、それを容認するように現憲法の解釈を変更した。国会で十分な審議をすることなく、内閣のみでこれを閣議決定した。
 こんなことが許されていいのだろうか。選挙公約に書かれていないことが強権的に実行されてしまうなら、選挙公約など何の意味もない。これは選挙公約違反のみならず、憲法第1条が定める「国民主権」に反する、重大な憲法違反だと思う。
 強権的な政治決定を許さないために必要なのは、「先の選挙公約に書かれていないことを実行する場合には、再度国政選挙をして国民の信を問わなければいけない」ことを規定した法律だと僕は思う。特に「特定秘密保護法」や「集団的自衛権についての解釈改憲」のように、国のあり方を変えてしまうような重大な決定ならなおさらだ。
 憲法に関しても、僕は現日本国憲法はすばらしい憲法だと思うけれど、こんな強権政治が現憲法下で許されるのなら、許さない憲法に改正すべきだと思う。つまり、時の政府による「解釈変更」の余地を残さない憲法に。

 安倍総理は、国会の解散についての会見(11月18日安倍内閣総理大臣記者会見)で、「税制こそ議会制民主主義といってもいいと思います。その税制において大きな変更を行う以上、国民に信を問うべきである」と述べた。「特定秘密保護法」や「集団的自衛権についての解釈改憲」にはついてはまったく触れなかった。これらの決定は、国民に信を問うほどの「大きな変更」ではなかったのか。それならば彼に「民主主義」を語ってほしくない。
 また同会見の中で安倍総理は、選挙公約について、「なぜ2年前民主党が大敗したのか。それは、マニュフェストに書いていない消費税引き上げを国民の信を問うことなく行ったからであります」と述べた。自政権は、公約に書いていないことを国民の信を問うことなく次々と行ってきたにも関わらず。

 税制や財政も、もちろん大切だと思う。しかし、600億もの血税を投入して国政選挙を行うのに、経済の話しかしない総理には呆れてしまう。「特定秘密保護法」や「集団的自衛権についての解釈改憲」への言及を避けたのは、自身の経済政策アベノミクスの継続か中断かこそが、選挙の争点であることを国民に印象付けるためなのだろう。12月14日に投開票が行われるのも、12月10日の特定秘密保護法施行によって議論が再燃することを避けるためではないのかと勘ぐってしまう。

 消費税制もたしかに衆院選の1つの争点かもしれない。だけど、根本的に争点にすべきことは、民主主義の手続きを踏まず、強権的な政治決定を繰り返してきた政権から、「民主主義を守れるかどうか」だと僕は思う。
 
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