えんじゅ

彼らのふるさと

学校の子どもたち

 「どこか行きたいところある?」

 と、モシが聞いてくれた。そう言われても、このムクワジュニという町のことを、僕は何も知らない。どこか行きたいところ・・・。

 「学校に行ってみたいな」

 と、僕は答えた。
 外国を旅するときには、その国の学校を訪れるのをいつも楽しみにしている。子どもたちがどんなことを勉強しているのかも興味があるし、その国の大人が子どもに何を教えようとしているのかも興味がある。

 「近くに、昔私が通っていた小学校があるわ。行ってみよう」

 と、ドゥーディが言った。
 訪れた学校は、ムスリムの小学校だった。男の子は白いシャツに青いズボン、女の子はヒジャブにスカートというのが制服で、足元はみんなサンダルだった。
 外国人がとても珍しいのだろう。僕のまわりに次々に子どもたちが集まってきて、僕の肌に触ったり髪を引っ張ったりしては甲高い声を上げていた。
 
興味しんしんの子ども

 グレード1(日本の小学1年生)からグレード7までの子どもたちが通う、プライマリー・スクール(小学校)だった。小学校なのに、午後にも授業をしているということをちょっと不思議に思った。ザンビアでは小学校は午前中に終わり、子どもたちは家に帰って昼ご飯を食べるのが一般的だからだ。

 「午後にも授業あるの?1日に何時間勉強してるの?」

 僕が聞くと、ドゥーディが答えてくれた。

 「この小学校は2部制なのよ。午前で授業が終わる生徒と、午後から授業が始まる生徒に分かれてるの。イブラヒムは毎日午後から学校に行くのよ」

 イブラヒムは、5人兄弟姉妹のドゥーディの末の弟だ。2部制になっているのは、子どもの数に対して、学校や教員の数が足りないかららしい。
 2部制ということを聞いて、「運動靴と赤い金魚」という古いイラン映画を思い出した。あの映画に出てくる小学校も2部制で、妹が午前中に学校を終えて、兄が同じ靴を履いて午後から学校に行くという、靴を巡る素敵な物語だった。女子は午前に学校に行き、男子は午後から。僕はなんとなくそれがイスラム教の学校なのだろうと思い込んでいた。だからザンジバルの小学校で男子も女子も一緒に授業を受けているのは少し意外だった。

 教室を覗かせてもらうと、低学年の教室には机も椅子もなかった。もちろん電気も水道もない。子どもたちは地面に座って先生が黒板に書くことを必死でノートに書き写していた。外の光が教室に入るように壁には大きな窓が開いていて、ときおり教室に風が吹き抜けると、子どもたちは自分のノートが飛ばないように必死で押さえていた。窓といってもガラスなどない。雨季にはきっと教室が水浸しになるだろう。
 授業は英語で行われていた。「Poetry(詩)」の授業だった。黒板にはこんなことが書かれていた。

 CHARACTERISTICS OF POETRY(詩の特徴)

 ・Poetry is imaginative.(詩は想像力に満ちている)
 ・Poetry is rhythmical.(詩にはリズムがある)
 ・Poetry is rich in figures of speech.(詩は比喩的表現に富んでいる)
 ・Poetry arouses emotions.(詩は感情に呼びかける)

 イスラム教の聖典コーラン(クルアーン)は、それこそ詩的な言葉で満ちている。イスラム教らしい授業だなぁと僕は嬉しくなりながら眺めていた。

チャック全開の少年たち

 授業が終わると、生徒たちが歓迎の歌と踊りを披露してくれた。僕を取り囲んで手をつないで輪になり、クルクル廻りながら歌う。
 スワヒリ語なので何を歌っているのかはわからなかったけれど、みんなうれしそうに歌っていた。僕はちょっと照れながら歌を聴いていたのだけど、途中から気になってしかたがないことがあった。
 少年たちのズボンのチャックがみんな全開なのだ。中には白いシャツの1番上のボタンまできっちりと閉めているのに、ズボンのチャックは全開、というアンバランスな少年もいた。
 教室の窓が全開なのは風通しが良くていいけれど、男子たるもの「社会の窓」(比喩的表現だ)はきっちりと閉めないといけない。と思って男子の股間のあたりに注目していると、彼らはチャックを閉め忘れているのではないことに気がついた。
 みんなチャックが壊れていて閉まらないのだ。なかにはベルトも腰止めボタンもないズボンもあって、腰のところを紐で縛ってズレ落ちるのを食い止めていた。
 これだけチャック全開の少年が並んでいると壮観だなぁ、と僕はニヤニヤしてしまった。

踊る少女たち

 歌と踊りで歓迎してもらったので、なにかお返しをしようと思った。
 ゆっくりした英語で自己紹介をした後、僕も歌を歌うことにした。せっかく英語で詩を勉強しているのだから、生徒たちにも歌詞がわかるように英語の歌をと思った。そうなると僕のレパートリーは1曲しかない。John Denverの"Take me home, Country Roads"だ。
 この歌は3年くらい前にネパールを旅したときに、同じように学校を訪れて歌ったのだけど、あのネパールの山の中で歌うのはとても気持ちよかった(『カントリー・ロード』)。

 Almost heaven, West Virginia
 Blue Ridge Mountains, Shenandoah River
 Life is old there
 Older than the trees
 Younger than the mountains
 Growin' like a breeze

 I hear her voice
 In the mornin' hour she calls me
 The radio reminds me of my home far away
 And drivin' down the road I get a feelin'
 That I should have been home yesterday, yesterday

 Country Roads, take me home
 To the place I belong
 West Virginia, mountain mamma
 Take me home, country roads


 天国みたいな ウェスト・ヴァージニア
 ブルーリッジ山 シェナンドー川
 いのちが古くから
 木々よりも古くから
 山々よりも若々しく
 そよ風のように育まれるところ
 
 母の声が聞こえる 
 朝、僕を呼んでいる母の声が
 ラジオは遠く離れたふるさとを思い出させる
 車を走らせながら ふいに感じる
 あぁ、もっと早く帰っておくべきだった

 カントリー・ロード 僕を連れていってよ
 僕の愛する場所へ
 ウェスト・ヴァージニア 母なる山々
 僕を連れていってよ カントリー・ロード


John Denver "Take me home, Country Roads" 

 歌い終わると、下手くそな歌にちょっとそぐわないくらい、子どもたちは大きな拍手を送ってくれた。

 久しぶりに歌った'Country Roads'。得意げに歌い出したわりには、最後のところでちょっと胸が詰まってしまった。一番カッコ悪いパターンだ。
 この歌は本当は、ふるさとを失ってしまった人の歌なのかもしれない。もっと早く帰るべきだったふるさとに帰れなかった人や、かつてのふるさとの風景を失った人の歌。歌詞に出てくる母なるBlue Rigde Mountainsや清らかなShenandoah Riverは、失ってしまったものの象徴なのかもしれない。
 歌いながら、3年前よりもこの歌の歌詞がじわりと沁み込んでくる気がした。僕にも、この3年の間に失ったものがあるからだ。
 僕の英語力は3年前とたいして変わっていない。だけどそもそもこの歌の歌詞を理解するのに英語力はそれほど必要ない。若い頃、そのシンプルな言葉と言葉の隙間を埋めるものは想像力しかなかった。それがいつしか実体験に置き換わるようになった。
 時が経って、人が変化するにつれて、歌も変化する。それがきっと、「詩的」であることの意味なのだろうと思う。

 子どもたちに手を振って、学校を後にした。ずいぶん離れた後もう1度振り返ると、子どもたちはまだこちらを見つめていた。そして僕が振り返ったことに気がつくと、またたくさんの手を振ってくれた。
 彼らのふるさとには、背の高いココヤシの木が空に伸び、青々したバナナの葉が生い茂っていた。
 
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