えんじゅ

地図の誘い

ヤム

 いつか帰る日も決まっていない旅ができたら、そのときは地図のない旅、というのをやってみたい。地図を持たずに身1つで歩く旅。そこに何があるかを知っていて歩くのと、何があるか知らずに歩くのでは、きっと見える景色がまったく違うだろうと思う。
 だけどまだそんな時間も勇気も持てずにいる僕は、新しい町に入るとまず本屋に寄って地図を買う。気に入った地図を見つけると、それだけで胸が弾む。宿に戻るといつも地図ばかり眺めている。地形を見て翌日に行く場所を考えたり、風変わりな地名に心を惹かれたり。地図を眺めていると、胸がざわざわと波立つ。
 
 現地語で書いてある地図が手に入ればとても嬉しい。人に道を尋ねるときにも便利だし、僕が持っている地図を見て現地の人が楽しんでくれたりもするからだ。
 ザンジバルでも、できればスワヒリ語の地図が欲しかった。ストーン・タウンで3、4軒の本屋を巡ってみたけれど、英語のものしか見つからなかった。ツーリスト・マップは観光客向けに作られているから、当たり前といえば当たり前なのだけど。
 ところがこのザンジバル(ウングジャ島)の地図は、文句のつけようのない素晴らしい地図だった。
 道の名前やダルダルの停留所といった旅に必要な情報はもちろん、島の木や魚の種類のちょっとした図鑑が載っていて好奇心をそそられる。しかも木の種類には、スワヒリ語の呼び方まで書いてある。たとえば、マングローブの木はスワヒリ語で「ムココ」、アーモンドの木は「ムブユ」といった具合に。他にも、島のどのあたりにバオバブの木が群生しているかとか、どこに行けば田んぼの風景を見られるか、といったこともパッと見渡しただけでわかり、想像力を掻き立ててくれる。それだけでなく、"The Mwera River disappears underground(ムウェラ川ここで地に果つ)"なんて書いてあったりして、ちょっとした土地の物語性まで感じさせてくれるのだ。

ウングジャ島の地図

 ドゥーディの家で僕がウングジャ島の地図をひろげると、ふたりは自分たちが生まれた島を食い入るように見つめていた。
 自分が住んでいる土地を、改めて地図で俯瞰してみることは少ないと思う。よほど地図が好きな人でない限り、わざわざ住み慣れた土地の地図を買ったりはしないだろう。だけどふだんは通りすぎてしまう場所に地名がふられているだけで、不思議と魅力的な場所に思えてきたりすることもあると思う。
 どこの国を旅していても、食堂やチャイハネで僕がその土地の地図をひろげると、人が集まってくる。ここはこうだ、あそこはああだ、と言いながら、みんなで地図を囲む。このあたりの畑ではヤムイモが穫れるとか、小さな頃はこの町のモスクに通っていたとか。そんな話を聞くと、おっ、ちょっとそこに行ってみようかな、という気分になる。

 地図は、旅行者と見知らぬ土地のコミュニケーション・ツールだ。ときにそれは、現地の人びとの思い出も運んでくれる。
 
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