えんじゅ

東アフリカのビール

東アフリカのビール

 トゥングーからダラジャーニ(ストーン・タウン)に帰ってきたとき、まっすぐ宿に戻りたくない気分だった。いい家族に出会えて、しみじみとした気分になっていた。ちょっと酒を飲んでから帰ろうと思った。
 タンザニアに入ってから、酒はまったく口にしていなかった。特にムスリムが多いザンジバルでは酒を飲めるところは少ないし、飲みたいとも思わなかった。
 だけどこの夜、ラマディさんの食堂で夕食を食べた後、僕は酒を飲むために宿の近くにあるインド料理店に入った。
 本来は、インドの料理店ではまず酒を飲めない。ヒンドゥー教徒もイスラム教徒と同じように、公の場では酒を飲まない。敬虔なヒンドゥー教徒は、酒を飲んでいる客がいるとその店に入るのをためらうくらいだ。だから酒を飲めるインド料理店というのは観光客向けの料理店だ。
 それでも今夜は酒を飲もうと心に決めていた僕は、どうせなら「明日からもうビールを飲めないとしたら、そしてそのとき東アフリカにいたとすれば、今夜最後に飲むべきビールはどれか」という自己満足命題に挑もうと思った。
 
ガネーシャ

 1瓶ずつ注文して、1瓶を飲み干してからほろ酔いで次の瓶を注文するのは、飲み比べるにはフェアじゃない。そう思って、このインド料理店に置いてあるビールを全部一度に注文した。注文をとりに来てくれた店員さんは、「本当に一緒に持ってきていいんですか?」と不思議そうに聞いた。その後ビールを飲んでいる間も店員さんの視線をチラチラ感じた。いや、インド料理店で酒を飲む罪深い旅行者が感じた視線は、テーブルに置かれていたヒンドゥー教の神様ガネーシャのものだったのかもしれない。

 店員さんが運んできてくれたのは、「キリマンジャロ」、「サファリ」、「セレンゲティ」の3本。どれも観光大国タンザニアらしい名前のビールだ。アフリカらしい原色遣いのラベルに胸が躍る。タイプはすべてピルスナーだった。

 まず「キリマンジャロ」。
 久しぶりに口にした冷たいビール。うん、うまい!いや、このひと口目のうまさバイアスは、注意深く差し引かないといけない。冷静になって味わってみると、なんだか軽い。麦芽の深みもふくらみもない。キリマンジャロは言わずと知れたアフリカ最高峰の山だけど、残念ながらこのビールの味は最高峰とは言えないようだ。
 ラベルを読むと、
 製造元:タンザニア・ブルワリー
 アルコール度数:4.5%
 原材料:水、麦芽、コーンスターチ、ホップ、CO2、イースト
 とある。なるほど、この軽さはコーンスターチに由来するらしい。麦芽含有率はわからないけれど、飲んだ感じでは日本の酒税法だと発泡酒に分類される気がする。

 続いて「サファリ」。
 「キリマンジャロ」に比べると、泡のパンチがきいていてアルコール感も強い。のどごしはいいけれど、肝心の麦芽の風味がやっぱりとても軽い。
 製造元:タンザニア・ブルワリー
 アルコール度数:5.5%
 原材料:水、麦芽、砂糖、コーンスターチ、ホップ、CO2、イースト
 「キリマンジャロ」と同じブルワリーのビールだ。コーンスターチに加えて砂糖も添加しているのは、アルコール感を高めるためなのかもしれない。

 次に「セレンゲティ」。
 これぞビール!という感じの麦芽感。香りも豊かだし、甘みも苦みも強い。日本のビールに最も近いビールだ。うん、これはうまい!
 ラベルを読むとズバリ、麦芽100%だ。
 製造元:セレンゲティ・ブルワリー
 アルコール度数:4.8%
 原材料:麦芽、水、ホップ
 前の2種とはブルワリーも違い、コーンスターチや砂糖はもちろん、CO2さえ添加されていない。アルコール発酵で生じた自然の炭酸ガスなのだろう。ブルワリーの名前を冠したこのビールは、このブルワリーのフラッグシップなのかもしれない。うん、納得。

 この熱帯の国では大麦は育たない。麦芽はヨーロッパからの輸入に頼っているのだろう。だから原価を下げるために、アフリカでも生産できるコーンスターチや砂糖を加えて醸造しているのかもしれない。あるいは、暑い国では水代わりにスッと飲める軽快なビールが好まれるため、あえてそんなビールを作っているのかもしれないけれど。そうだとすると、この暑い国で麦芽100%でがんばっている「セレンゲティ」は、なおさらすごいように思える。
 というわけで、「明日からもうビールを飲めないとしたら、そしてそのとき東アフリカにいたとすれば、今夜最後に飲むべきビール」は「セレンゲティ」に決定した。

タスカー・ビール

 ついでに、その後に飲んだビールについても書いておこうと思う。
 東アフリカのビールはうまい、ともっぱらの評判だった。かつてドイツが統治していた時代があったからなのだろう(中国の青島のように、ドイツの植民地だったところはビール醸造が盛んなところが多い)。
 中でもケニア生まれの「タスカー」という象のラベルのビールは、東アフリカではじめて瓶詰めされたというふれこみで、これがうまいと聞いていた。
 飲んでみると、「キリマンジャロ」や「サファリ」と同じようにとても軽いタッチのビールで、若干ケミカルっぽさが気になった。期待が大きかっただけに「肩すかし(かタスカーし)」だった。
 いちおうラベルのメモをとったけれど、「セレンゲティ」が隣にあれば、もう飲むことはないような気がする。
 製造元:セレンゲティ・ブルワリー
 アルコール度数:4.2%
 原材料:水、麦芽、砂糖、ホップ、CO2
 「セレンゲティ」と同じブルワリーだ(そういえばラベルの形状も同じだ)。有名なビールだけに、ケニアからライセンスを受けて醸造しているのだろう。このケミカルっぽさは、やはり砂糖の添加によるものなのだろうと思う。そのわりにはアルコール度数も低い。
 「タスカー」を飲んで、やはり「セレンゲティ」の炭酸ガスはアルコール発酵による自然な炭酸ガスなのだろうと思った。同じブルワリーでありながら、「セレンゲティ」の原材料には「CO2」が記載されていないからだ。

イーグル・ラガー width=

 最後に「イーグル・ラガー」。
 僕と同じ名前のビールだから飲む前に「頼むぞ!」と肩を叩いたのだけど、これが見事にビールの味ではなかった。原材料にソルガムが含まれているからなのだろうか。どこか雑駁なアルコール感がして、ビールが大好きな僕も1瓶飲み干すことができなかった。

 ビールというのは、原材料がそのまま味に表れる、正直な飲み物だと思う。だから原材料を見ればどんな味かそこそこ見当がつく。
 ザンビアにも「モシ」という名前の自国のビールがあるけれど、麦芽の他にメイズ(コーンスターチの代わりだろう)と砂糖が加えられていて、とても軽い。南アフリカ産の「キャッスル」はややパンチがあるけれど、やはりメイズが添加されていて麦芽の旨みに欠ける。
 ザンビアで手に入るビールで僕が一番好きなのは、ナミビア産の「ウィンドホック」。これが一番深みがあって香りも高い。原材料は言わずもがなの麦芽100%なのだ。

 店員さんに聞いてみると、一番人気があるのは「タスカー」だという。このインド料理店に置いてなかったのは、切らしてしまったかららしい。ザンビアで人気があるのも「モシ」だ。
 やっぱりその国の人びとの好みの問題なのかもしれない。
 大麦はもともと冷涼な気候で育つ作物だから、寒い国で飲むなら麦芽100%の芳醇なビールを、というのが気候に適っている気がする。日本人の僕は「麦芽100パー芳醇党」だけれど、年中暑い国で生まれた人たちには「麦芽そこそこ軽快党」が多い、ということなのかもしれない。

 というわけで、人生最後のビールを飲むなら、東アフリカでは「セレンゲティ」、南部アフリカでは「ウィンドホック」を選ぼうと僕は心に決めた。
 一応の結論を出して自己満足した僕は、すっかり気持ちよくなってしまい、残りのビールをゴクゴクと盛大にガブ飲みしてしまった。ビールというのはやはり舌で飲むものではなくて、喉で飲むものなのだ。
 先ほどまでちょっとずつビールを飲み比べて、ノートにペンを走らせていたヘンな東洋人が急にガブ飲みし始めたので、店員さんはホップのきいた苦い顔をしていたかもしれない。
 
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