えんじゅ

香辛料を巡って

ココヤシ

 毎日果物市場でランブータンを買って食べているうちに、心にふつふつと湧いてくる思いがあった。今が最盛期だというランブータンの果実が木になっている姿を見てみたい。できれば自分で木から実を穫って食べてみたい・・・。
 一度そう思い始めると、だんだんそればかり考えるようになってしまった。
 ランブータンの木を見に行こう。 木を見に行くためだけの1日があってもいい。そう思って宿のご主人に相談してみた。

 「ランブータンの木を見てみたいのですが、この地図のどのあたりで見られるでしょうか?」

 そう言って島の地図をひろげた。自分でダラダラ(島中を走っている小さなバス)に乗って見に行こうと思っていた。
 するとご主人は、地図に目をやることもなく言った。

 「それならスパイス・ツアーに参加しろ。ザンジバルの香辛料や果物の木を見られる。急げ!ちょうどあと2分後にバスが迎えにくる。それに飛び乗れ」
 
 たまたま同じ宿に泊まっていたイギリス人の家族がこのツアーに参加するので、バスが迎えにくるのだという。なんというタイミングなのだろう。
 後から知ったことだけど、ザンジバルのスパイス・ツアーというのはとても有名なツアーらしい。僕はいつもガイドブックを持たずに旅をしているので、そういう情報をまったく知らなかった。
 「ツアー」というのがちょっとひっかかった。今までガイド付きで見知らぬ人と一緒に名所を見て回るツアーの類は避けてきた。ツアーの最中に何かに気を惹かれることがあっても、すぐにそちらの方向に転がっていけない、という不自由さがあまり好きでないからだ。

 話を聞いてみると、このスパイス・ツアーは朝9時に出て香辛料や果物の木を見て回り、14時頃に帰ってくる半日ツアーで、昼食付きでなんと15ドルの安さ。半日くらいなら参加してみてもいいかな、と思った。実際は宿のご主人に急かされて、あまりあれこれ考えている暇もなかったのだけど。

 参加してみると、これが素晴らしいツアーだった。とても綺麗な英語を話すガイドさんが、1つ1つ詳しく説明してくれる。質問にも丁寧に答えてくれた。
 ザンジバルの香辛料と果物を図鑑的に紹介したいと思う。

ジャック・フルーツとガイドさん

 まず出迎えてくれたのはジャック・フルーツだった。
 ジャック・フルーツはドリアンととてもよく似ている。飛行機に持ち込むことも拒否されるというあの凄まじい臭いのドリアンは、ザンジバルでは最も愛されている果物らしい。6〜7月が最盛期だという。
 ジャック・フルーツの季節はこれから。種を煮て食べるほか、実の白い部分は美容液などにも使われるらしい。幹から直接果実が生えてくる、珍しい果物だ。

レモングラス

 レモングラスはその名の通り、シトラス系のとても爽快な香りがする。
 アジアではタイのトムヤムクンや、魚介類に香りを添える重要な香草として用いられているけれど、マラリアが猛威を振るうアフリカでは蚊除けとしても重要な草だという。乾燥させたレモングラスを炭で燃やすと、天然の蚊取り線香になる。
 ココナッツ・オイルに添加して肌に塗ったり、香水にも使われている。

カルダモン

 スパイスの女王といわれるカルダモン。
 インドではカレー、アラビアではチャイの材料として欠かせない香辛料だ。僕も大好きな香辛料だけど、木になっている姿ははじめて見た。
 ザンジバルで栽培されているカルダモンは、種をとるものと茎をとるものの2種類があるそうだ。種をとるものはガラム・マサラに、茎をとるものはチャイ・マサラに使われる。直射日光を当て過ぎないことが大切なので、大きな木の下に植えられることが多い。

シナモン

 スパイスの女王がカルダモンなら、スパイスの王様といわれるのはシナモンだ。
 カルダモンの強烈な香りがカレーの風味に、シナモンのやわらかい香りがチャイやお菓子の風味付けに使われるのを考えると、むしろカルダモンが王様、シナモンが女王だという気がしなくもないけれど。
 シナモンはザンジバルで最も重要な香辛料の1つだ。クミンやカルダモンとともに炊き込むご飯、ピラウの主要な材料になるからだ。
 茎や種ではなくて樹皮を剥いで香料とするのもシナモンの特徴だけど、この樹皮は2〜3ヶ月で再生するのだという。

バニラ

 メキシコ原産のバニラは、メイズや落花生とともに、中南米との奴隷貿易でアフリカ大陸に渡ってきた植物だ。
 さや状のバニラ・ビーンズ(「バニラ」とはスペイン語で「小さなさや」という意味らしい)はアイスクリームなどのお菓子の香り付けに、茎は料理の香り付けに使われる。アフリカの中ではマダガスカルがバニラの島として有名らしい。

ナツメグ

 ナツメグについての話はおもしろかった。
 種には精神高揚作用があって、ザンジバルでは結婚式など伝統的な行事にはナツメグのポレージが必ず用意されるという。しかしそれを食べるのは女性だけ。ふだんはシャイな女性がナツメグ・ポレージを食べるとハイになって、ダンスを踊り始めるらしい。そのため「ベッド・ルーム・アイズ」とも呼ばれている。
 だけど摂取し過ぎると食中毒症状が出るため、注意が必要だ。

カカオ

 カカオは言わずと知れたチョコレートの原料だけど、ザンジバルでは実の中の白い部分だけを食べるらしい。
 世界的に大きな需要があるカカオは、大規模なプランテーションを展開することが難しく、育てるには手間がかかる。かつては奴隷の手を使って育てられてきたのだという。今現在も、児童労働が大きな社会問題になっている。
 日本が輸入しているカカオのほとんどは、かつて奴隷貿易の拠点になったガーナ、コートジボワールなど、西アフリカ海岸沿いの国々のものだ。日本の子どもたちが大好きなチョコレートの原料は、アフリカの貧しい子どもたちの手で育てられている。

コーヒー

 高原の国エチオピアが原産のコーヒー。ザンジバルではちょうど白い花が咲いて、実が大きくなってくる頃だった。この緑色の実が赤くなると収穫の季節になる。
 はじめて知ったのだけど、スワヒリ語で「コーヒー」を意味する「カハワ」は、アラビア語からの借用らしい。
 ザンジバルでは爽やかな酸味を持つアラビカ種が育てられている。高級豆の産地キリマンジャロでは、山の麓のアリューシャやモシでアラビカ種とともに苦みの強いロブスタ種が育てられているが、ザンジバルではアラビカ種のみ。ロブスタ種を育てるには高度が足りないからだ。
 ジョーズ・コーナーのザンジバル・コーヒーが何杯でも飲めるのは、アラビカ種由来の心地よい酸味があるからなのだろう。

クローブ

 ザンジバルの最大の輸出品目、クローブ(丁字)。島ではクローブを乾燥させている光景を頻繁に目にする。
 カレーやビリヤーニ、チャイに欠かせない香辛料であるだけでなく、腹痛や虫歯にきく下剤、殺菌・消毒剤にもなる。
 「お腹の調子が悪いときには、クローブのパウダーを3スプーンお湯に溶かして飲んでみてください。胃腸に入っているものが、100%フラッシュ・アウトします」とガイドさん。その言い方がおもしろくて、みんなで大笑いした。

ココナッツ

 南の島の海岸に最もよく似合う果物は、なんといってもココナッツだ。
 ザンジバルの島の至るところに、背の高いココヤシが植えられている。かつてザンジバルを支配したオマーン帝国が植えたものだ。
 ザンジバルの日々の生活にも、ココナッツは欠かせない。実の中のココナッツ・ジュースで喉の渇きを癒すだけでなく、固形の白い胚乳からはココナッツ・オイルやココナッツ・ミルクを作る。主食のご飯を炊くときにもココナッツ・ミルクを使う。
 頑丈な幹は家を建てる建材として、大きな細長い葉は屋根を葺くのに使われている。

コショウ

 香辛料の中では最も貿易量の多いコショウ。
 スペインやポルトガルによる大航海時代、その航海の目的の1つだったのはこのコショウだという。ヨーロッパでは育てることができないコショウを巡って、各国間で争奪戦が行われた。その後の植民地時代にも、熱帯の国々にコショウの木が次々と植樹された。
 コショウは、肉の防腐剤としての役割があったため、特に重要な香辛料として高値で取引されたのだという。

ランブータンの木

 そしてついに僕にとっての真打ち登場、ランブータン!
 思っていたよりも背の高い、アボカドの木と同じくらい大きな木だった。その大きな木に赤い実がところ狭しと鈴なりになっている。
 このときばかりはガイドさんの説明をよそに、僕は実をとって夢中で食べた。葉や木の香りに包まれながら食べる果実は、やはり市場で買って食べるよりも格別にうまい。土の臭いを嗅ぎながら食べる野菜がうまいのと同じだ。念願が叶って大満足だった。

ランブータンの実

 他にもイラングラン、アイロダイン、アロエヴェラ(アロエ)、ターメリック(ウコン)などの薬草と香辛料、マンゴー、スターフルーツ、パイナップルなどの果物を紹介してくれた。
 ひょんなことから参加したこのスパイス・ツアー。かなり内容の詰まったツアーで、短時間に詳しい説明を受けることができた。こういったツアーというのもいいものだな、とはじめて思った。ザンジバルの植生に興味がある人は、ぜひともこのスパイス・ツアーに参加するといいと思う。
 その後ザンジバルで料理を食べるときにも、使われている香辛料や果物が木になっている姿を思い浮かべることができて、僕にとってはとても貴重な経験になった。そしてなによりも、香辛料を巡る歴史に思いを馳せることができた。

 香辛料は、それを巡って戦争になるくらい、歴史上人類にとって重要なものだった。それは料理やお茶やお菓子の香り付けというだけでなく、病気にきく薬剤、抗菌剤、防腐剤としての重要な役割があったからだろう。
 このザンジバルの島に植えられている香辛料と果物のほとんどは、もともとアラビアのオマーン帝国がザンジバルで奴隷貿易を行っていた時代に植樹されたものだ。中南米や東南アジア、インド原産の植物が、黒人奴隷と引き換えにアフリカに渡ってきた。その後もヨーロッパにとって重要な香辛料が育つこの島を巡って、イギリスとオマーンが戦争を繰り広げた。
 ザンジバルの歴史は奴隷と香辛料の貿易を中心とした悲しい歴史だった。しかし今これらの香辛料と果物は、ザンジバルの人びとの日常生活にとけ込み、貴重な輸出品目、外貨獲得の手段になっている。
 
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