えんじゅ

新鮮な卵

卵かけご飯

 日本人は日々食卓の前で、他国の人がふつう悩まないような悩みに頭を抱えている。それは目の前にある卵が、生でご飯にかけて食べられるくらい新鮮かどうか、という悩みなのだ。
 なにせ日本は、「卵かけご飯専用醤油」があったり、「日本卵かけご飯シンポジウム」が開かれたりしている国だ。最近では、卵かけご飯を「T.K.G.」とカッコよく呼んだりもするらしい。ここまで卵かけご飯にご執心な国は、日本以外にないと思う。

 卵が新鮮かどうかを見極めるには、殻を割って水平な面に落としたときの卵黄の盛り上がり具合を見ればいい。卵黄が高く盛り上がっている卵は新鮮で、平べったくひろがってしまう卵は新鮮じゃない。僕も小さな頃に母にそんなふうに教えてもらって以来、ずっとそう思っていた。
 
 調べてみるとたしかに「卵黄係数」という指標があって、「卵黄の直径d」に対する「卵黄の高さhy」と定義されている。つまり、

 卵黄係数 = hy / d

 一般的には、この卵黄係数が0.36以上であれば新鮮とされているようだ。
 ところが卵の鮮度の指標を調べているうちに、意外なことがわかった。それは、卵の鮮度を測るための国際的な指標には、卵黄ではなくて卵白の高さが使われているということだった。
 この指標は「ハウユニット値」と呼ばれていて、正確には「殻を含めた卵の質量」と「卵白の高さ」を用いている。もっと正確にいうと、卵白というのは濃厚卵白と水様卵白とに分かれていて、ハウユニット値に使われているのは、「濃厚卵白の高さ」だ。

卵黄と濃厚卵白と水様卵白

 今まで卵白の高さには気を留めたことがなかったので、試しに卵を割って眺めてみると、卵というのはたしかに3層に分かれている。ちょうど正月に飾る鏡餅のようだ。一番上の層には卵黄があって、2層目に卵黄のまわりの濃厚卵白、3層目に水様卵白が重なっている。ハウユニット値に使われているのは、この2層目の濃厚卵白の高さなのだ。
 濃厚卵白の高さはふつう、卵が大きいほど高くなるらしい。そこで濃厚卵白の高さから卵の質量を差し引くことで鮮度を測る、という考え方のようだ。
 卵の質量をw、濃厚卵白の高さをhaとして、ハウユニット値は次のように定義されている。

 ハウユニット値 = 100log10 (ha - 1.7w0.37 + 7.6)

 式を見るとややこしいけれど、要するに濃厚卵白の高さが高ければ高いほど、卵の質量が小さければ小さいほどハウユニット値は大きくなる。そして一般にハウユニット値が70程度以上であれば新鮮とされている。
 卵の鮮度を測るのに、なぜ卵黄の高さではなくて濃厚卵白の高さが使われるかというと、卵が産まれてから時間が経つにつれて、濃厚卵白が水様化して高さが低く(盛り上がりが小さく)なっていく変化量が、卵黄の高さのそれよりも顕著だかららしい。なるほど理に適っているように思える。

レイヤーの卵とヴィレジの卵

 おもしろいので、村で売られているレイヤー・チキン(採卵鶏)の卵と、僕が飼っているヴィレッジ・チキン(地鶏)が産んだ卵を比べてみた。
 左が村で売られているレイヤーの卵で、右が僕が飼っているヴィレッジの卵だ。
 村で売られている卵は産まれてから何日経っているものかわからないので、直接仕入れ先の鶏卵農家に分けてもらった。比較するのに公平を期すために、その日に産まれたものを手に入れようと思ったのだ。その農家も知り合いなので話が早い。
 この農家が飼っているのはレイヤー・チキンで、前に書いたことがあるように(『見えない鶏』)、卵を産ませるためにケージで飼われている鶏だ。僕が飼っているのは平飼いのヴィレッジ・チキンで、卵はもちろんその日に産まれた卵だ。

 殻の見た目でいうと、レイヤーは売り物だけあって綺麗だ。ヴィレッジの方は今しがた産道を通ってきただけあって汚れが付着している。殻にはサルモネラ菌が付着していることが多いので、売り物の卵は洗浄されているようだ。
 余談だけど、日本で売られている卵は生食を前提としているため、殻を洗浄・殺菌処理しているらしい。海外で生卵を食べるのを避けた方がいいのは、この洗浄・殺菌が徹底されていないことがあるかららしい。
 卵の全体の大きさを比べてみると、レイヤーの方がヴィレッジよりもひと回り大きい。これはこの2つの卵に限った話ではなくて、レイヤーの卵は一般的にヴィレッジよりも大きい。もともと大きな卵を産む鶏種なのか、大きな卵だけを売り物用に選別しているのか、卵が大きくなるような飼料を与えているのか。次に鶏卵農家を訪れたときに聞いてみよう。

卵を割ったところ

 さて、卵を割って水平な面に並べてみる。
 一見して卵黄の色がまったく違う。レイヤーの卵黄は白っぽく、ヴィレッジの卵黄はオレンジっぽい赤味を帯びている。卵黄の色について調べてみると、色の濃さは栄養価の多寡を表しているのではなくて、単に鶏に与えている飼料だけに左右されるらしい。つまり卵黄の色が濃い方が栄養価が高い、ということにはならない。
 ところが消費者は卵黄が濃い卵の方が栄養価が高そうと考えて好むため、鶏卵農家は卵黄が濃くなるようなパプリカなどの飼料をあえて与えているようだ。
 ここでわかることは、ヴィレッジ・チキンのように、単に自然のメイズ、野草、虫を食べているだけで、卵黄の色は十分濃くなる、ということだ。

横から見たところ

 では卵黄係数はどうだろう。
 どちらも卵黄は大きく盛り上がっていて、新鮮そのものに見える。ノギスがないので正確には測れないけれど、若干レイヤーよりもヴィレッジの方が高いくらいだろうか。卵黄の直径もさほど変わらない。とすると、卵黄係数は微妙な差しかないように思える。

 次にハウユニット値はどうだろう。
 レイヤーの方は割るとすぐに卵白がひろがっていく。ヴィレッジの卵白はほとんどひろがらない。とりわけ3層目の水様卵白の部分の違いが大きい。レイヤーの水様卵白はやわらかく、まさに水のようにどんどんひろがっていくのに対して、ヴィレッジの水様卵白は粘り気があって、ほとんどひろがらない。
 残念ながら僕は秤も持っていないので卵の正確な質量は計れない。だけど殻を含めて手に持ったとき、明らかにレイヤーの卵の方がヴィレッジの卵よりも大きく、重いことがわかる。
 次にもう1つの値、濃厚卵白の高さを比べてみると、写真でわかるように一目瞭然でレイヤーよりもヴィレッジの方が高い。
 つまり、同じ日に産まれたばかりの卵であるにも関わらず、レイヤーの卵よりもヴィレッジの卵の方がハウユニット値が大きいということになる。
 そして、卵黄係数と比べると、その差は目で見てはっきりわかるくらい大きい。ということは、ハウユニット値の方が卵黄係数よりも顕著に差が出る、ということなのだろうか。

 ところがここにきて、逆に素朴な疑問が涌く。ハウユニット値というのは、いったい何の指標になっているのだろう。
 「鮮度」というのが卵が産まれてから経った日数だとするなら、レイヤーもヴィレッジも同じ値になるはずだ。だけど比べると歴然とした違いがある。
 つまり、鮮度が同じでも卵に含まれている栄養価の違いによってハウユニット値は異なるということなのだろう。詳しく調べてみると、やはりハウユニット値は卵の鮮度だけでなく、卵自体の品質や栄養価の多寡を表す指標としても使われているということがわかった。
 しかしそうすると、単に鮮度だけの指標としては、ハウユニット値は使えないということになる。
 次に僕がすべきことは2つの卵の栄養価を分析して比較する、ということなのだろうけれど、手段がないのであきらめた。

 結局言えることは、

  • ・ハウユニット値は、同じ種類の卵の鮮度の相対的な指標としては使えるだろうけれど、そうでない場合は鮮度を示す絶対的な指標にはなりえない。

  • ・一方で、鮮度が同じ卵そのものの品質、栄養価を比べるための指標としては使えそうだ。

  • ・自然のものだけを与えて、平飼いで飼われているヴィレッジは、同じ鮮度のレイヤーと比べると卵黄の色が濃く、ハウユニット値も高い。

ということだろうか。

卵かけご飯かつおぶしのせ

 最後に、日本人のソウルフード、卵かけ御飯の味はどうかというと、悲しいことに味覚音痴の僕にはどちらの生卵もおいしく感じられてしまい、味の違いはよくわからなかった。

 長々と書いたわりには、奥歯にモノが挟まった状態で、かつ背中のカユいところに手が届かないという感じで、なんともふがいない実験になってしまった。
 恥をしのんで居直れば、卵を生で食べられるかどうか見極めるのに、平らな面に落としてノギスと秤を持ち出して、なんてことはやりたくない。生卵はホカホカのご飯の上にワッとぶっかけてしまいたい、というのが日本人の情というものだ。
 だけどもし、生で食べるか迷ったとき、俺はノギスと秤を持ち出してハウユニット値を計算しているぜ、というマニアックな人がいたら、僕はその人をちょっと愛おしく思う。
 
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