えんじゅ

見えない鶏

ヴィレッジ・チキンの雛

 ルサカ国際空港からダウンタウンに向かう道の途中に、ひときわ目を引く看板がある。看板には真っ白な大きな鶏が描かれていて、その下に'HYBRID'と書かれている。ブロイラー・チキンの広告塔だ。ザンビアに到着した旅行者は、まずこの看板に出迎えられる。
 ザンビアにブロイラーが導入されたのは、もう20数年前だという。それ以来、国を上げてブロイラーを推奨し、今や国民の多くがブロイラーを食べている。
 ベンバ語ではブロイラーのことを「インココ・ヤローニ」と呼ぶ。「インココ」は「鶏」、そして「ヤローニ」とは「ローンの」という意味で、英語をベンバ語風にアレンジしたものだ。つまり「ローンの鶏」。かつてブロイラーの導入期に、農家は借金をして鶏小屋を建てブロイラーを購入した。その名残だ。
 ブロイラーは鶏を短期間で成長させるために改良された食肉用品種だ。野生の鶏が3〜5ヶ月かけて成鶏になるところを、ブロイラーは6〜7週間で成育する。成鶏はただちに市場に出荷され、また次の雛が成育される。ブロイラーは肉を供給する極めて効率的で経済的な鶏だ。
 
ブロイラー・チキン

ブロイラーの鶏小屋

 日本ではなかなかブロイラーの飼育現場を見ることがないが、ザンビアでは一般家庭で飼育している人も多いため簡単に見ることができる。
 ブロイラーを飼育している友人に頼んで、鶏が雛から成鶏になって出荷されるまでの6週間を追いかけたことがある。

 ブロイラーを飼育している鶏小屋は、近づきがたい強烈な臭いを放っている。小屋は茶色のブロックで密閉されているにも関わらず、外からも臭いでそれとわかる。
 戸を開けると中は薄暗く、ランプが不気味な光を放っている。空気は生暖かく澱んでいて、木片が敷き詰められた床は糞だらけだ。その中で大量の白い鶏が座り込んでいる。まるでなにかの実験室のようだ。
 ブロイラーがわずか6週間で生育できるのには理由がある。
 過密状態で飼うことができるのは、この鶏は動き回ることがないからだ。太陽の光が入らない薄暗い小屋の中で、鶏は四六時中うつらうつらしている。ほとんど運動をせず、眠っている時間が長いから、鶏はどんどん太る。
 小屋の数カ所に、飼料を与えるための餌台がぶら下げられている。そこに入っている飼料は、生育時期によって異なる。雛の時期は「スターター」、生育期には「グロアー」、出荷前には「フィニッシャー」と呼ばれる飼料を与える。本来雑食のはずの鶏に、生育時期に合わせて異なる飼料を与えるのは、飼料中のメイズの含有率と、抗生物質の含有率を変えるためだ。
 太陽の光も外の風も入らない小屋で密集して飼われている鶏は、感染症に罹りやすい。ひとたび感染症が発生すると、瞬く間に拡がる。大量の抗生物質を与えないと、感染症を予防することができない。
 先日、中国のケンタッキー・フライドチキンで使われている「速成鶏」の肉から過剰な抗生物質が検出されたというニュースが流れたばかりだが、他のファーストフード・チェーンでもこうした抗生物質を投与されたブロイラーの鶏肉が使われている。

ブロイラーの雛

 いくら抗生物質を与えても耐性を持った細菌が繁殖し、過密状態で飼われている鶏は野生の鶏が感染しないような病気に感染する。日本を含め世界各国を震撼させた鳥インフルエンザは、過密飼いの鶏に次々と伝染して世界中に拡がった。
 抗生物質ばかりではない。成育を早めるため、この飼料には成長ホルモンが含まれている。鶏はこの飼料を日がな1日ついばんでどんどん太る。その急激な身体の成長に、脚の筋力や内臓がついていかない。ブロイラーが動き回らないのはそのためだ。脚を曲げて地面にへたりこみ、ときおり立ち上がるとヨロヨロと歩く。餌台にたどり着くとまたへたりこみ、嘴だけをせっせと動かす。
 こうした飼育がブロイラーから鶏の野性を奪っていく。本来臆病なはずの鶏が、人が羽を触っても逃げ出さない。鶏小屋の中には逃げるべき天敵もいないからだ。逃げるだけの筋力もない。小屋の外に出しても脚で土を掘り返してミミズを探すようなことはしない。餌は穫るものではなく与えられるものだ。そしてこの鶏は、卵も産まない。
 薄暗い小屋の中で太るためだけに生きてきた鶏は、6週間後に小屋を出て市場に出荷される。小屋から市場までの道で、鶏ははじめて太陽の光を浴びる。
 こうして短期間で大量生産されるブロイラーが、世界中の食卓でフライドチキンになり、ファーストフード店でチキンナゲットになる。筋肉が発達していない鶏の肉は柔らかく、現代人の好みに合う。調理に時間をかけなくても済むので忙しい人には大助かりだ。

市場のブロイラー

 ザンビアの地方都市ンドラのダウンタウンからバスで10分ほどのところに、マサラ・マーケットと呼ばれる大きな市場がある。現地人が利用するローカル市場で、野菜から木炭、チテンゲまで、ザンビアの生活に必要なあらゆるものが売られている。
 この市場の中でとりわけ異臭を放っている一角がある。鶏売り場だ。もちろん鶏はパック詰めで冷凍にはされていない。小さな籠に入った生きた鶏が1羽単位で売られている。だから日本ではあまり見ることのできない鶏のありのままの姿を、この市場では見ることができる。
 この鶏売り場に何度か通って、写真を撮らせてもらいながら売り子のおばちゃんの話を聞いた。

 市場で売られている鶏の種類は3種類。ブロイラー、レイヤー、ヴィレッジだ。
 ブロイラーの入った籠を覗いてみると、丸々と太った真っ白な鶏が床にへたりこんでいる。ほとんど立ち上がることも動くこともない。その体重を支えられるだけの脚をしていない。
 このブロイラーは1羽30クワチャ(約470円)だ。


レイヤー・チキン

市場のレイヤー

 次にレイヤーの入った籠を覗いてみると、一瞬目を覆いたくなる。ほとんど全ての鶏の羽毛が抜け落ちて骨が剥き出しになっているからだ。頭部のみ茶色い毛が残っているので、頭だけが異常に大きく見える。まるで実験室の標本のようだ。トサカは赤味が色褪せ、へたっと横に倒れている。
 レイヤーはその名のとおり、鶏に大量の卵を産ませるために改良された採卵用品種だ。大きなケージの中でやはり過密状態で飼われ、毎日ひたすら卵を産み続ける。

羽の抜けたレイヤー

 レイヤーの羽毛が抜け落ちる原因はいくつかある。
 産卵を促進するため、ある時期に餌を与えず絶食させて強制的に羽毛を生え換わらせる。その際、抜け落ちた羽毛が生え換わらないことがある。また、鶏が過密飼いのストレスで互いの羽毛をつつき合い、傷つけ合うことがある。このつつき合いを防止するため、国によってはあらかじめ雛の嘴の先端を切断するデビークという処置を施すが、ここで売られている鶏にはそれもしていないようだ。
 こうした産卵促進、過密飼いという人為的な理由で羽毛が抜け落ちる。卵を産まなくなったレイヤーは食肉用として、見るも無惨な姿で市場に出荷される。
 このレイヤーは1羽25クワチャ(約400円)で売られている。ちなみに、ザンビアでの卵1つの値段は1クワチャ(約16円)だ。

 こんな骨だらけになった鶏でも、ブロイラーの籠を覗いた後には、いくらか健康そうに見えるから不思議なものだ。健康そうというのは、少しは動物らしく見えるという意味だ。少なくとも自分の脚で立って動き回っている。捕まえようとすると素早く逃げようとする。ストレスで羽をむしり合うのは異常かもしれないが、ストレスを感じるだけの動物の本能がまだ残っているからだとも思える。
 もう一度ブロイラーの籠に目を移してみると、じっと動かない丸々と肥えた鶏はもはや動物というより肉の塊のように見える。


ヴィレッジ・チキン

市場のヴィレッジ

 最後にヴィレッジの籠を覗く。活発な鶏が所狭しと動き回っている。座り込んでいる鶏は1羽もいない。ブロイラーやレイヤーに比べて羽毛の色も多彩で毛並みも美しく、体長もそれぞれに異なる。放し飼いで育てられた鶏の筋肉は引き締まっていて、柔らかく煮込むには時間がかかりそうだ。
 ヴィレッジは大量生産できないから、ブロイラーやレイヤーと比べて値が張る。大きさによって値段は異なり1羽50〜100クワチャ(約800円〜1,600円)だ。

 マサラ・マーケットで売られている3種類の鶏の中で、最もよく売れるのはブロイラーだという。

放し飼いのヴィレッジ親子

 抗生物質と成長ホルモンを与えられて急激に成長する食肉鶏ブロイラーと、強制換羽で産卵を促進される採卵鶏レイヤー、そして放し飼いで自然の虫や野草を食べながらゆっくり成長する伝統的なヴィレッジ。
 ザンビア人もこれらの鶏の違いをよく知っている。パック詰めされたブロイラーの肉とレイヤーの卵をスーパーで買っている日本人よりもずっと。生きている鶏を自分の目で選んで買い、自分の手で絞めるのだから当然だ。
 子どもは鶏の骨をしがむのが好きだが、ブロイラーの骨は子どもの手から取り上げてしがませない、という母親がいる。理由を聞くと「ケミカルでできた骨だからね」と言う。僕がヴィレッジを放し飼いにしていると、ブロイラーよりも健康的だね、と声をかけてくれる人がいる。ヴィレッジの卵を売ってほしい、という人がいる。
 それでもザンビア人もブロイラーの肉を食べ、レイヤーの卵を食べている。理由はただ1つ、安いからだ。昔ながらの放し飼いで育てられるヴィレッジは、市場では高級鶏になる。子どもの学費にも手を焼く家庭では、ブロイラーやレイヤーの2倍近くの値段のヴィレッジを買うことはない。


見えない鶏

 世界中の人々が安い肉と卵を食べるために品種改良されたブロイラーとレイヤー。
 肉と卵を供給する鶏としてのブロイラーとレイヤーは優れた研究の成果なのだろう。かつて貧しくて肉を食べられなかった人々にも安い肉を与えられる。短期間で次々と鶏が育つ。抗生物質と成長ホルモンが入ったブロイラーの飼料は輸入に頼っているため、対外貿易を活性化させる。政府がブロイラーを推奨するのは当然なのだろう。
 発展途上国こそブロイラーやレイヤーの恩恵に与れるのかもしれない。こうしてアフリカ各国にも拡がっていったのだろう。
 「自ら立ち上がれないくらい肥えた鶏や、ストレスで羽毛が抜け落ちた鶏が、鶏らしい姿をしているといえるのだろうか」という疑問を残して。

 ブロイラーとレイヤーは世界のどこかで人を救ったのかもしれない。
 だけど人が鶏を品種改良し、化学物質で工業的に鶏を生産し始めたときから、鶏は鶏としての生き方を失った。鶏はもう、鶏の姿をしてない。
 日本では鶏がどんな生き方をしているのかが見えにくい。生きた鶏の姿が見えにくい。
 どこかで誰かが育てた鶏。どこかで誰かが絞めた鶏。その鶏がどんな姿をしていたのかを知らないまま、僕らはスーパーで買った鶏の肉と卵を口に運ぶ。
 僕がこの「見えない鶏」を見たいと思ったのは、ブロイラーやレイヤーの是非を問いたかったからじゃない。ただ鶏がどんなふうに生きた後に食卓に上がるのかを知りたかった。
 ブロイラーやレイヤーの飼育を自分の目で見た人は、きっと気がつくはずだ。僕らが食べているものは、絞めた鶏の「命」だけではなくて、その鶏が生きてきた「生」そのものだ、ということに。
 
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