えんじゅ

半分の糸

クリスティーンとグラリア

 ザンビアの学校に赴任してから、いつも僕を気にかけてくれて、いつも僕を支えてくれた先生が、学校を去った。
 独身の彼女は、歳の離れた妹とふたりで、僕の隣の家に暮らしていた。農業の先生だった。彼女は僕より9つも歳下だけれど、僕にとってザンビアの母のような人だった。

 シマの作り方、炭の起こし方、洗濯物の干し方、掃除の仕方、畑の起こし方。右も左もわからなかった僕に、ザンビア流の暮らし方を1つ1つ教えてくれたのは彼女だった。
 僕が畑に草履を出しっぱなしにしていると、盗まれないように自分の家に取り入れてくれた。それでよく怒られた。僕が家にいないときには畑の水やりもしてくれた。「雑草が伸びてきてるわよ」とやっぱりよく怒られた。晩ご飯にもしょっちゅう誘ってくれた。ウブワリを食べながら他愛のない冗談を言ってよく笑った。
 僕が母を亡くして日本からザンビアに帰ってきたときには、真っ先に僕の家に来てくれた。何も言わずに僕を抱きしめて、涙を流してくれた。彼女も幼いころに母を亡くしていた。それからは生活だけでなく、僕の気持ちにも気をかけてくれるようになった。「大丈夫?気を落としてない?」「辛いときには、シェアするのよ」「外に出かけなさい、マイ・サン」もう何度ドアをノックしてくれただろう。「大丈夫だよ、わかったよ、マイ・マム」気持ちが外に向かなかったときに支えてくれたのは、いつだって彼女の母のような優しさだった。
 
半分のチテンゲ

 餞別の品を何にしようか、さんざん悩んだ末に、やっぱりチテンゲにした。町に行って、気に入ったチテンゲを買った。そのとき、ダボス会議での渡辺謙さんのスピーチが頭をよぎった。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。


 チテンゲをふたりで分け合うことにした。「いいチテンゲね」買い物が下手だといつも僕を馬鹿にしていた彼女が褒めてくれた。一緒にチテンゲを半分に切った。

 「日本では糸を半分に分け合うんだ。それを「絆」というんだ」

 そう言って半分のチテンゲを渡した。「とても寂しくなるよ」僕は言葉に詰まってしまった。「私もとても寂しい。ありがとうヒロ。キズナ。あなたと出会えてよかった」と彼女は言った。

 それまで彼女からは、町にある学校に異動する、ということだけを聞いていた。だけど引っ越しの前夜、彼女は僕の家に来て、「ヒロには、本当のことを話したいの」と言った。
 彼女は妊娠していた。しかし父親である男性は彼女との結婚を拒んで、先月別の女性と結婚したのだという。24歳の彼女は今後の人生を、シングル・マザーとして生きていくことになる。
 僕の学校はカソリック教会が運営しているので、結婚していない先生が子どもを妊娠することは許されていない。宗教的禁忌を破った彼女は 町にある政府運営の学校に職を求めて、この学校を去ることになった。そんな理由があるため、学校では送別会なども行われなかった。追い出されるように、彼女は出て行った。
 ふたりで分け合ったチテンゲは、生まれてくる新しい命を抱くために使われるだろう。
 

 めまいがしそうなくらい空が真っ青な朝だった。見送りにきたのは、近所の子どもたちと、僕しかいなかった。
 
 「ありがとうヒロ。身体に気をつけるのよ、マイ・サン」
 
 僕が彼女を抱きしめる番だった。

 「気をつけるよ。僕の弟か、僕の妹を、無事に出産できることを祈ってるよ」
 
 涙を拭いて深呼吸をして、泣きじゃくる妹の肩に手を当てて、彼女はトラックに乗った。


 始まったばかりの夏。蝉が時を惜しむようにせわしなく、でものびやかに鳴いていた。トラックを見届けてからしばらく、その声を聴いていた。それから畑に出て、ずいぶん長い時間を過ごした。吹き出る汗を拭いながら、いつもよりたくさん雑草を抜いた。
 
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